ハッリ・ホルケリ

ハッリ・ホルケリ
Harri Hermanni Holkeri
生年月日 (1937-01-06) 1937年1月6日
出生地  フィンランド、オリパー
没年月日 (2011-08-07) 2011年8月7日(74歳没)
死没地  フィンランドヘルシンキ
前職 政治学修士
所属政党 国民連合党
配偶者 マリア=リーサ・レピステ

在任期間 1987年4月30日 - 1991年4月26日
大統領 マウノ・コイヴィスト
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ハッリ・ヘルマンニ・ホルケリフィンランド語: Harri Hermanni Holkeri1937年1月6日 - 2011年8月7日[1])は、フィンランドの政治家。国民連合党に所属し、同国首相(1987年 - 1991年)[2]国連総会議長(2000年 - 2001年)、国際連合コソボ暫定行政ミッション代表(2003年 - 2004年、健康上の理由で退任)を歴任した。

経歴

1978年から1997年までフィンランド銀行取締役会委員を務め、1982年と1988年には大統領候補となった。そのかたわら1970年から1978年まで国会(エドゥスクンタ)議員で、1971年から1979年までは所属する国民連合党の議長を務めた[3]。1991年7月1日には、世界で初めてGSMで電話をかけた。この歴史的な通話はノキア製の電話を使い、周波数900メガヘルツで行われた。

2000年から2001年までは国連総会議長を務め、北アイルランド問題ベルファスト合意履行に建設的な役割を果たした[4]

1998年に当時のマルッティ・アハティサーリ大統領から国家の最高称号である「国家顧問」のタイトルを授かった。また、イギリスエリザベス2世からは北アイルランド問題への貢献により大英帝国勲章二等勲爵士 (KBE) の勲位が贈られた[4]

2011年8月7日、74歳で死去した。

脚注

ウィキニュースに関連記事があります。
  • Former Prime Minister of Finland Harri Holkeri dies aged 74
  1. ^ “Harri Holkeri on kuollut” (Finnish). MTV3 (2011年8月7日). 2011年8月7日閲覧。
  2. ^ “Ministerikortisto”. Valtioneuvosto. 2011年8月12日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ "What Where When – Citizen's Yearbook"/Mitä Missä Milloin – Kansalaisen vuosikirja, editions 1971, 1972, 1973, 1976, 1977, 1979, 1980; Otava Publications Ltd., Helsinki, Finland)
  4. ^ a b “Ex-PM Harri Holkeri dies at 74”. YLE (2011年8月7日). 2011年8月8日閲覧。
公職
先代
カレヴィ・ソルサ
フィンランドの首相
1987年 - 1991年
次代
エスコ・アホ
外交職
先代
テオ=ベン・グリラブ
国際連合総会議長
2000年 - 2001年
次代
韓昇洙
1940年代
1950年代
  • エンテザム イラン)
  • ナーヴォ メキシコ)
  • ピアソン カナダの旗 カナダ)
  • パンディット インド)
  • ヴァン・クレフェンス オランダ)
  • マーサ チリ)
  • オルテガ チリ)
  • ナラーティップポンプラパン タイ)
  • ムンロ ニュージーランド)
  • マリク レバノン)
  • ベラウンデ ペルー)
1960年代
  • ボーランド アイルランド)
  • スリム チュニジア)
  • ハン パキスタン)
  • ロドリゲス ベネズエラ)
  • カイソン=サッキー ガーナ)
  • ファンファーニ イタリア)
  • パズウォックアフガニスタン王国の旗 アフガニスタン)
  • マネスクルーマニアの旗 ルーマニア)
  • カタラン グアテマラ)
  • ブロックス リベリア)
1970年代
  • ハンブロ ノルウェー)
  • マルク インドネシア)
  • トレプチンスキー ポーランド)
  • ベニテス エクアドル)
  • ブーテフリカ アルジェリア)
  • トルン ルクセンブルク)
  • アメラシンゲ スリランカ)
  • モジソフ ユーゴスラビア)
  • ライヴァノ コロンビア)
  • セリム タンザニア)
1980年代
  • ヴォン・ウェクマー 西ドイツ)
  • キッタニ イラク)
  • ホーライ ハンガリー)
  • イルーシア パナマ)
  • ルサカ ザンビア)
  • パニエス スペイン)
  • チョドハリ バングラデシュ)
  • フローリン 東ドイツ)
  • カプト アルゼンチン)
  • ガルバ ナイジェリア)
1990年代
  • デ・マルコ マルタ)
  • シハビ サウジアラビア)
  • ガネフ ブルガリア)
  • インサナリ ガイアナ)
  • エシー コートジボワール)
  • フレイタス ポルトガル)
  • イスマイル マレーシア)
  • ウドベンコ ウクライナ)
  • オペルティ ウルグアイ)
  • グリラブ ナミビア)
2000年代
  • ホルケリ フィンランド)
  • 韓国)
  • カバン チェコ)
  • フント セントルシア)
  • ピン ガボン)
  • エリアソン スウェーデン)
  • アル・ハリファ バーレーン)
  • ケリム マケドニア)
  • デスコト ニカラグア)
  • トレキ リビア)
2010年代
  • ダイス スイス)
  • アルナセル カタール)
  • イェレミッチ セルビア)
  • アッシュ アンティグア・バーブーダ)
  • クテサ ウガンダ)
  • リュッケトフト デンマーク)
  • トムソン フィジー)
  • ライチャーク スロバキア)
  • エスピノサ エクアドル)
  • ムハンマド=バンデ(英語版) ナイジェリア)
2020年代
  • ボズクル(英語版) トルコ)
  • シャーヒド モルディブ)
  • コロシ ハンガリー)
  • フランシス(英語版) トリニダード・トバゴ)
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